日記・コラム・つぶやき

2018年6月17日(6月第三聖日)

6月第三週の礼拝をささげました
 
サムエル記第一23章よりみことばを聴きました
「そこでダビデとその部下およそ六百人はすぐに、ケイラから出て行き、そこここと、さまよった。」
 
ペリシテ人に攻められたケイラの人々。部下たちの反対よりも主のみ言葉に従ってケイラを救ったダビデはしかしケイラからも出て行かざるを得なくなった
主の御心に従いながらも苦難に会うことがある
しかし主は一歩ずつ主の御声を求めて歩くダビデに支えを与えてくださる 
 
 
 
 
 
 
(講壇のお花:黄色のオンシジュームと紫のアガパンサス・ギボウシ 涼やかな取り合わせ)

2018年6月10日(6月第二聖日)

6月第二週の礼拝をささげました
 
ルカの福音書17章よりみことばを聴きました
「かりに、あなたに対して一日に七度罪を犯しても、『悔い改めます』と言って七度あなたのところに来るなら、赦してやりなさい。」(ルカ17章4節)
 
私たちにとって赦せないのは自分に対してなされた悪。主は「一日に七度でも」--すなわち何度でも--赦しなさいと言われる。
このハードルの高い主の教え。しかし、私たちが相手の罪を赦すとき「我らに罪をおかす者を我らが赦す如く、我らの罪をも赦したまえ。」と祈る、主の赦しを体得する時となる。
 
 
 
※毎月第二週の午後は、「手づくりをたのしむ会」が持たれています。今月は「マクラメ編み」のボトルハンギングを作りました。
参加者11名のうち、教会外から4名の参加者があり、そのうち3名は前回から引き続きの参加者でした。
皆さん楽しんで下さり、次回の参加も約束してくださいました。教会にとっての良き証しの場になることを願っています。
 
 
 
 
(講壇のお花:ガーベラとバラ カーネーションそしてスターチス 彩りも美しく)

2018年5月27日(5月第四聖日)

5月第四週の礼拝をささげました
ルカの福音書16章よりみことばを聴きました
「律法と預言者はヨハネまでです。それ以来、神の国の福音は宣べ伝えられ、だれもかれも、無理にでも、これに入ろうとしています。」(ルカ16章16節)
律法と預言者-モーセ五書と預言書-によって 神はいかなる方か 私たちはいかなるものかを知る
主は「神か富か」の私たちに対し 富よりも好ましいものとして神の国を示しそこに入ることを求めておられる
そして「無理にでも」神の国に入りたいとの思いは 私たちがどれほど神の国を知りその価値を知っているかに係っている








(講壇のお花:淡いピンクのトルコキキョウ)

2018年5月20日(5月第三聖日)

五月第三週ペンテコステ礼拝をささげました
使徒の働き第四章よりみことばを聴きました
「彼らがこう祈ると、その集まっていた場所が震い動き、一同は聖霊に満たされ、神のことばを大胆に語りだした。」(使徒の働き4章31節)
福音を語ったために投獄され「いっさいイエスの名によって語ったり教えたりしてはならない」と脅されて釈放されたペテロとヨハネ 
仲間のところに帰った彼らには恐れがあった 主を信じていても目の前の現実に悩みひるむ心がつぶれていく それが我らの弱さ
だからこそ「大胆に神のことばを語らせてください」と祈った そして再び聖霊に満たされた
弱くもろく傷つきやすい人々が「大胆に神のことばを語った」 強いからではなかった
主が福音宣教のために用いられるのは このような人々であった
 






(講壇のお花:カーネーション アルストロメリア スターチス カスミソウ)

2018年5月13日(5月第二聖日)

五月第二週の礼拝ささげました

サムエル記第一22章よりみことばを聴きました
「ダビデはエブヤタルに言った。『私はあの日、エドム人ドエグがあそこにいたので、あれがきっとサウルに知らせると思っていた。私が、あなたの父の家の者全部の死を引き起こしたのだ。』」(サムエル記第一22章22節)

人を恐れることが、主を恐れることより大きくなってしまったサウルに 罪人の悲惨な姿を見る

根拠のない恐怖におびえ罪を犯すサウル 私たちもまた…
主の最善を信じ 目の前のことを受け止めることこそが求められているのではないか

※今礼拝中は、子供ケア担当をしました
2人姉妹のうち保育園年中に通っている女の子が本棚にあった紙芝居を見て「これ読んで」とのリクエスト。「子供を愛するイエス様」という紙芝居を読みました。
一生懸命見て聞いてくれました。
「イエス様好き?」と聞くと、年中さんはにっこりして「うん」。小学校1年生のお姉ちゃんのほうはちょっと恥ずかしそうに首をこっくり。子供の成長過程を垣間見るようなひと時でした






(講壇のお花:きれいなブルーの紫陽花 今年は季節の移ろいが早いですね)

2018年5月6日(5月第一聖日)

5月第一週の礼拝をささげました

ルカの福音書16章よりみことばを聴きました
「小さい事に忠実な人は、大きい事にも忠実であり、小さい事に不忠実な人は、大きい事にも不忠実です。」

主が私たちに求めておられたのは「忠実である」こと
小事にも忠実である人が大事にも忠実な人となると言われる
小さなことはとかく軽んじがちな私たち 日々の小さな営みの延長線上に「大事」はある
日々の歩みに忠実であるかと問われる

※次聖日午後1時30分~3時30分まで「手づくりをたのしむ会」があります。
これまでは編み物が多かったのですが今回は布で作るフクロウのブローチです。
教会外からも参加者も与えられて感謝です。良き交流の場となりますように…

 




(講壇のお花:シャクヤクのような黄色い花はバラ そしてブルーのオキシペタラム)

2018年4月29日(4月第五聖日)

四月第五週の礼拝をささげました

ルカの福音書16章よりみことばを聴きました
「この世の子らは、自分たちのことについては、光の子らよりも抜けめがないものなので、主人は、不正な管理人がこうも抜けめなくやったのをほめた。」(ルカ16章8節)

「不正な管理人」を主人がほめた それはどういうことなのか
主人の財産を乱費していることをとがめられた管理人
ほかの人に貸し付けたままの主人のお金。急ぎその半分を回収することで 相手に恩を売り主人から解雇されたときに、その人の家に受け入れてもらおうと考えた

回収できなかった半額は自腹を切ってでも主人に返す。そうしてまでも自分の将来の安泰を考えたこの管理人に対して主人はその抜け目のなさをほめた

「光の子ら」である弟子たちに対して主は地上の富は友のため、そして神のために使いなさいと言われる。「富にも仕え神にも仕える」ことはできないのだから…


(講壇のお花:大輪の白百合)

2018年4月22日(4月第四聖日)

4月第四週の礼拝をささげました

ルカの福音書15章よりみことばを聴きました
「だがおまえの弟は、死んでいたのが生き返って来たのだ。いなくなっていたのが見つかったのだから、楽しんで喜ぶのは当然ではないか。」(ルカ15章32節)

「放蕩息子の例え」の後半
放蕩の限りを尽くして帰ってきた弟を迎え入れて宴会を始めた父親に対しての 兄息子の訴えは至極まっとうに私たちにはきこえる
兄息子の言い分には私たちの生まれながらの「救い」の概念が出ている

幸いは「父と一緒にいること」 「私の物はすべておまえの物」と言われる神と共にあること 行いで勝ち取るものではない 父なる神とのつながりの回復 神との関係が第一 放蕩息子の例えはそれを教えてくれる


(講壇のお花:淡い緑色の紫陽花と白のカーネーションそしてスターチス)

2018年4月15日(4月第三聖日)

4月第四三週の礼拝をささげました

サムエル記第一21章よりみことばを聴きました
「そのころ、預言者ガドはダビデに言った。『この要害にとどまっていないで、さあ、ユダの地に帰りなさい。』そこでダビデは出て、ハレテの森へ行った。」(サムエル記第一22章5節)

サウル王から逃れて、ガテの王アキシュのもとに行ったダビデ
ダビデの素性を知ったアキシュの前で、恐怖のあまり気がふれたふりをしてその場を切り抜けようとした
しかしダビデの内側では主への信仰が整えられていった(詩編56編)
一つ一つが「主の時」のうちに進められている









(講壇のお花:デルフィニウム 青い炎のようなその色の美しさ)







2018年4月8日(4月第二聖日)

4月第二週の礼拝をささげました
ルカの福音書15章よりみことばを聴きました

「こうして彼は立ち上がって、自分の父のもとに行った。ところが、まだ家までは遠かったのに、父親は彼を見つけ、かわいそうに思い、走り寄って彼を抱き、口づけした。」(ルカ15章20節)

「放蕩息子の例え」として有名なこの話。前半は放蕩した弟息子の話。そして後半は父のもとで働き続ける兄息子の話。しかしこの話を通して一貫して登場するのは父親
この父の姿に神のご愛が反映している
父の身代をもって家を出、放蕩の限りを尽くしすべてを使い果たしたときはじめて自らの姿に気付き父のもとにある幸いを見出した弟息子

どんな者でも立ち返ればこんなにも喜ばれる父の姿に「ひとりの罪人が悔い改めれば」天のみ国に喜びがわき起こるとのイエス様のことばがひびいてくる




(講壇のお花:白薔薇とカーネーションそしてスターチス ヒペリカム カスミソウ)

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