日記・コラム・つぶやき

2018年12月9日12月第二聖日)

12月第二週アドベント第二礼拝をささげました
 
創世記22章よりみことばを聴きました
「あなたの子孫によって、地のすべての国々は祝福を受けるようになる。あなたが、私の声に聴き従ったからである。」(創世記22章18節)
 
アブラハムは 最愛の息子を捧げるようにとの神の命令に従った その信仰の故に神はアブラハムを祝福し 地のすべての国々への祝福の基としてくださった
クリスマスのこの時 クリスチャンが感謝をもって覚えること それは、主の救いの恵みを与えられた者は、それを人々にもたらすとりなしの働きをも与えられているということ
 
 
 
 
(講壇のお花:アドベント第二週 ロウソク2本に火が灯りました)

2018年12月2日12月第一聖日)

12月第一週 アドベント第一礼拝をささげました
 
イザヤ書第10章よりみことばを聴きました
「それゆえ、万軍の神、主はこう言われる。『シオンに住む私の民よ、アッシリアを恐れるな。彼がむちであなたを打ち、エジプトがしたように杖をあなたに振り上げても。もうほんの少しでわたしの憤りは終わり、わたしの怒りは彼らを滅ぼしてしまうから。』」(イザヤ書10書24節~25節)
 
主のご降誕を待ち望むアドベントの時、イザヤ書を通して神が私たちに示してくださる救いの恵みを聴きました
もうほんの少しで あなたがたの苦難には終わりがある 人の絶望を神の救いの時としてくださると神は約束してくださる
 
 
 
 
 
(講壇のお花:アドベントクランツのロウソク1本に火が灯りました)

2018年11月25日11月第四聖日)

11月第四週 収穫感謝礼拝をささげました
 
ピリピ人への手紙1章よりみことばを聴きました
「私はこう祈っています。あなたがたの愛が、知識とあらゆる識別力によって、いよいよ豊かになり、あなたがたが、大切なことを見分けることができますように。」(ピリピ1章9節~10節a)
 
毎年めぐって来る収穫の時 しかしそれは神の誠実のゆえであることを感謝する時 救いの恵みをも感謝すべきではないか
パウロはピリピの教会に対して「義の実に満たされて」 義の実を結ぶものとなることを祈った どんなに内側を探っても何も出てこない私たち だからこそ イエス・キリストが満たしてくさる 
 
 
 
(講壇のお花:アルストロメリアの華やかさ)
 

2018年11月18日11月第三聖日)

11月第三週の礼拝をささげました
                
ルカの福音書19章よりみことばを聴きました
「人の子は、失われた者を捜して救うために来たのです。」(ルカ19章10節)
                        
お金持ちではあったがユダヤ人からは忌み嫌われていたザーカイ 取税人としての立場を悪用して必要以上の税を取り私腹を肥やしていたザアカイ
しかしその心はイエス様を求めていた
「急いで降りて来なさい」との主の呼びかけにすぐに従った 
自分の財産の半分を貧しい人に… それは あの富める青年にもできなかったこと
人々に最もさげすまれていた そしてそれを自覚していたザアカイに主の救いは与えられた
 
 
 
 
                    
※次聖日は収穫感謝の礼拝です
 午後1時30分~4時まで 第五回目となるバザーを開催します 

2018年11月11日11月第二聖日)

11月第二週の礼拝をささげました
 
サムエル記第一25章よりみことばを聴きました
「ダビデは部下に『各自、自分の剣を帯びよ』と命じた。それで、みな剣を身に帯びた。ダビデも剣を帯びた。四百人ほどの者がダビデについて上って行き、二百人は荷物のところにとどまった。」(サムエル記第一25章13節)
 
土地の有力者ナバルに食料調達を願ったダビデに対して ナバルはそれを拒否した
ダビデは即座にナバルを打つための行動に出た
かつてサウル王を殺す機会があったにも係わらず それをしなかった時とは明らかに異なる基準で行動したダビデ
日常的に起こってくる事柄の中で 主に求めることなく力で走ろうとするダビデ…信仰者にとって基準は一つのはず 日常的なものの中でこそこの基準に従うべき
 
 
 
 
 
 
(講壇のお花:ストックとトルコキキョウ)            
 

2018年11月4日11月第一聖日)

11月第一週の礼拝をささげました
 
ルカの福音書18章よりみことばを聴きました 
「先を行く人たちが、黙らせようとしてたしなめたが、その人はますます激しく『ダビデの子よ、私をあわれんでください』と叫んだ。」(ルカ18章39節)

目が見えないゆえの辛さの中で この盲人はイエスが来られたのを知らされ「ダビデの子よ 私をあわれんでください」と叫んだ
イエス様は この盲人に対して「私に何をしてほしいのか」と訪うた この言わずもがなの問に対し 盲人は ありのまま そのままの姿で求めた 「主よ、目が見えるようにしてください」と  
それに主は応えてくださり 盲人は心の目も同時に開かれ主に従う者とされた
 
 
 
 
 
 
 
(講壇のお花:トルコキキョウの清々しさ)             
ありも

2018年10月28日10月第四聖日)

10月第四週の礼拝をささげました
 
ルカの福音書18章よりみことばを聴きました
「人の子は異邦人に引き渡され、彼らに嘲られ、辱められ、唾をかけられます。彼らは人の子をむちで打ってから殺します。しかし、人の子は三日目によみがえります。」(ルカ18章32~33節)
 
イエス様の3度目の受難予告 しかし弟子たちは理解できなかった…血肉の思いでは キリストの受難は理解できないものであった
 
人は悪でキリストに向かったが 神はその悪を回復させてくださるその望み そのために主は十字架にかかられる そのことを理解できなかった弟子たちのためにも
 
 
 
 
(講壇のお花:秋風を感じさせるススキと薄紫のストックに濃いピンクのカーネーションが鮮やかに映えます)             

2018年10月21日10月第三聖日)

10月第三週の礼拝をささげました
 
ルカの福音書18章よりみことばを聴きました
「イエスは彼らに言われた。『まことに、あなたがたに言います。だれでも、神の国のために、家、妻、兄弟、両親、子どもを捨てた者は、必ずこの世で、その何倍も受け、来るべき世で、永遠のいのちを受けます。』」(ルカ18章29~30節)
 
信仰に従って歩むとき身内の反対 戦いは中でも辛いこと 主はその痛みをわかってくださり その信仰に応えてくださる
「すべてを捨てて従ってきた」者たちのその痛み 涙を知っておられる主は「だれでも 必ず」与えられると約束してくださる
 
 
 

 
(講壇のお花:ガーベラとカーネーション 白いヒペリカムそしてリンドウ)

2018年10月14日10月第二聖日)

10月第二週の礼拝をささげました
 
サムエル記第一24章よりみことばを聴きました
「そしてダビデに言った。『おまえは私より正しい。私に良くしてくれたのに、私はおまえに悪い仕打ちをした。』」(サムエル記第一24章17節
 
サウルにとっての正しさは 比較の正しさ 「私が間違っていた」とは言わない
悔い改めと共に主の前に立つことが求められていたのに サウルはそれができなかった
サウルの涙は自己憐憫の涙でしかなかった
主の前にふさわしいのかと問われている
                
※次週は午後2時より 地域貢献の一環として「『最後まで自分らしく~地域共生と高齢者福祉~』」と題しての講演会を行います
 
 
 
 
(講壇のお花:秋のお花の代表格 リンドウ)

2018年9月30日9月第五聖日)

9月第五週の礼拝をささげました
 
ルカの福音書18章よりみことばを聴きました
「また、ある指導者がイエスに質問した。『良い先生。何をしたら、私は永遠のいのちを受け継ぐことができるでしょうか。』」(ルカ18章18節)
 
地位も名誉も財産もあるこの指導者 「良い先生」に「良い事」を求めてきたが
この指導者にとって イエス様は「主」―従うべき神―ではなく 「先生」―教えてもらえば自分で救いを得る―であった
富に執着している心を突かれても 取税人のように「主よ、あわれんでください」とは言わなかった 心の内を主は見られる
 
 
 
 
 
 

(講壇のお花:ガーベラとヒペリカムのピンク スターチスの薄紫)

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