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2017年6月

2017年6月25日(6月第四聖日)

6月第四週の礼拝をささげました

サムエル記第一19章よりみことばを聴きました

「私はあなたのいる野原に出て行って、父のそばに立ち、あなたのことについて父に話しましょう。何かわかったら、あなたに知らせましょう。」(第一サムエル19章3節)

ダビデ殺害を明白にしたサウル王 それに対して息子のヨナタンは王子としての立場でありながら 主に徹底的に従うものとしてダビデを守り サウルが罪を犯すことを防いだ

ダビデとヨナタン 共に主に信頼し、主が最善をなすことを信ずる者同士の 主を中心とした麗しい関係 クリスチャンは平和を作ってゆくことを求められている

(講壇のお花:黄色のガーベラを真ん中に 梅雨の季節にすっきりとした色合いの花々)

2017年6月18日(6月第三聖日)

6月第三週召天者記念礼拝をささげました

ペテロの手紙第一4章よりみことばを聴きました
「それぞれが賜物を受けているのですから、神のさまざまな恵みの良い管理者として、その賜物を用いて、互いに仕え合いなさい。」(ペテロの手紙第一4章10節)

昨年度は二人の兄弟姉妹が天に召されました。召天者記念礼拝は 先に主のもとに帰えられた方を偲び、その信仰に続く者として歩む思いを新たにする機会となりました

※ ♪永遠の安き来たりて ああその朝 悩み多き夜は去るああその朝……ああその朝救い主にわれら会わん♪(聖歌630番) 再臨の讃美歌ですが、私の葬儀の時に歌ってほしいと思っています

(講壇のお花:純白のトルコキキョウ そっと覗いているのはアリウムの一種でしょうか)

2017年6月11日(6月第二聖日)

6月第二週の礼拝をささげました
ルカの福音書12章よりみことばを聴きました

「あなたがたの宝のあるところに、あなたがたの心もあるからです。」(ルカ12章34節)

本当にその通りだと思わされるみことば。自分が何を大事にし何に重きを置いているか、いつも試される。主を愛すると言いながら、それよりもはるかに時間もお金も自分の心も他の物に費やしている。
地上の宝に囚われ、神のことを忘れてゆく あなたはどこに宝を置くのか、どこに目が向いているのかとの主の問いかけが聞こえる

※暑くなる前にと思い教会の小さな庭の除草と枝落としをしました。集めた草や枝を袋に詰めて片付けようとしたとき、足元に3㎝ほどの昆虫が一匹。びっくりして一歩退いた私でしたが、相手も驚いた様子であたふたと走り出し玄関の土台のわずかな隙間を見つけてもぐりこんでいきました。とっさの出来事でしたが、後で調べてみたらゴマダラカミキリ(胡麻斑髪切)という名前の昆虫でした。カミキリ君はきっと庭の木の枝にのんきに止まっていたら切り落とされ袋に入れられ生きた心地もしなかったんだろうなと思うと、ちょっぴり気の毒になりました。また居心地の良いところを見つけて長生きしてね!と思ったことでした。



(講壇のお花:バラ カーネーション カスミソウそしてアリウムでしょうか 爽やかな一揃い)

2017年6月4日(6月第一聖日)

6月第一週ペンテコステ礼拝をささげました

使徒の働き第四章よりみことばを聴きました

「この方以外には、だれによても救いはありません。天の下でこの御のほかに、私たちが救われるべき名は人に与えられていないからです。」(使徒の働き4章12節)

主の十字架の前夜 主を裏切り否定したペテロが 数と力で押し切ろうとする人々を前に今は堂々とイエス・キリストを証言している
聖霊なる神は 弱い者をも強めてくださり 主を証しするものへと変えてくださる






(講壇のお花:大輪のシャクヤク 花びらの重なりに見られる微妙な色彩のグラデーション)

2017年5月28日(5月第四聖日)

五月第四週の礼拝をささげました

サムエル記第一18章よりみことばを聴きました
「それでサウルは、ますますダビデを恐れた。サウルはいつまでもダビデの敵となった。」(サムエル記第一18章29節)

主の前に自らがどうあるかを思うより 自分の地位や体面を保つことのみを考えてしまったサウル ついにはダビデを敵視するまでになってしまった

神の恵みの前にひれ伏す そのことを忘れたサウルの姿から私たちは学ぶことができる 

(講壇のお花:デルフィニウム ブルーの濃淡が青い炎のように美しく いつまでも見入ってしまう大好きな花と色彩です)

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