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2017年5月

2017年5月21日(5月第三聖日)

五月第三週の礼拝をささげました

ルカの福音書12章よりみことばを聴きました

野にあって誰にも見向きもされず しかも明日は炉に投げ込まれるような花さえ主は美しく装ってくださっている
「ましてあなたがたには」と 何を食べようか何を飲もうかと常に心配しているわたしたちに主は言われる

「何はともあれ、あなたがたは、神の国を求めなさい。そうすれば、これらの物は、それに加えて与えられます。」(ルカの福音書12章31節)







(講壇のお花:トルコキキョウとスターチス)

2017年5月14日(5月第二聖日)

五月第二週の礼拝をささげました
ルカの福音書12章よりみことばを聴きました

「それから弟子たちに言われた。『だから、わたしはあなたがたに言います。いのちのことで何を食べようかと心配したり、からだのことで何を着ようかと心配したりするのはやめなさい。』」(ルカ12章22節)

富に執着し金銭を愛する「富める農夫」の例えの話の後で 主は「だから」と話し始められた

主の弟子であっても 富への誘惑は同じ 「信仰のみ」と言っても目の前の現実は厳しい
先行きの不安 生活の心配 それらに対して主は 心配いらないと言われる

富に自分の安心をゆだねる富める農夫を愚かと思う私たちも実は 何を食べ何を着るかと心配していることにおいては 同じものである
主が私たちの小さな心をもご存じで 心配してくださる その信仰こそを求められている 



(講壇のお花:カーネーション 今日は母の日)

2017年5月7日(5月第一聖日)

五月第一週の礼拝をささげました
ルカの福音書12章よりみことばを聴きました
「しかし神は彼に言われた。『愚か者。おまえのたましいは、今夜おまえから取り去られる。そうしたら、お前が用意した物は、いったいだれのものになるのか。』」(ルカ12章20節)

有り余る富が安心の材料だった金持ちの農夫は 自分のいのちさえも自分で自由にできると考えていた
しかし 主は「愚か者」と言われる どんなに豊かな富を持っていても 人は神に向かわなければ安心を得られない

 

※来週の日曜日は「母の日」 教会学校では恒例の母の日プレゼントの花束を用意しています


(講壇のお花:カーネーションとカスミソウ 最強コンビ?)

2017年4月30日(4月第五聖日)

4月第五週の礼拝をささげました

サムエル記第一18章よりみことばを聴きました
「サウルはダビデを恐れた。主はダビデとともにおられ、サウルのところから去られたからである。」(サムエル記第一18章12節)

ダビデとサウルの違いを物語るのは「主が共におられるか否か」 主が共におられることこそが大切 
主の救いを受けながら主の業を喜べないなら これほど悲しいことはない 




(講壇のお花:教会の庭に咲いている花々
都わすれ ピンクと白の撫子 葉ボタンの花 ビオラ カーネーションだけはお花屋さんのもの庭に咲いている花は素朴な色だけどとても瑞々しい)

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