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2016年9月

2016年9月25日(9月第四聖日)

9月第四週の礼拝をささげました

ルカの福音書11章よりみことばを聴きました

悪霊によって口のきけなかった人がイエス様にいやされ口がきける様になった
それを喜ぶのではなく「悪霊どものかしらによって悪霊を追い出した」とイエス様を非難する人々
良いことをなすイエスに対して悪意をもつ人々にさえも イエス様はさばきではなく「神の国はあなたがたに来ている」と言われ 彼らに救いの機会を残された

神の国からは遠い者をも愛し惜しまれるイエス様
「しかし、わたしが神の指によって悪霊どもを追い出しているのなら、神の国はあなたがたに来ているのです。」(ルカの福音書11章20節)

2016年9月18日(9月第三聖日)

9月第三週の礼拝をささげました

サムエル記第一17章よりみことばを聴きました
「そのペリシテ人はまた言った。『きょうこそ、イスラエルの陣をなぶってやる。ひとりをよこせ。ひとつ勝負をしよう。』」(サムエル記第一17章10節)

ペリシテ人の兵士ゴリアテのあまりの大きさに恐れをなすイスラエルの陣営
神の民であっても恐れがある しかし恐れがあるのは当たり前との前提で歩むべきと
「信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さない」(へブル人への手紙12:2)で歩むことこそ神の民の姿である

(講壇のお花:レモンイエローのひまわりの花)

2016年9月11日(9月第二聖日)

9月第二週の礼拝をささげました

ルカの福音書11章よりみことばを聴きました
この世界は苦渋に満ちている。人の困窮もそれぞれ。求め方はどんなであっても主はこたえてくださる。しかも願った仕方で。求めれば与えられ、捜せば見つかり、たたけば開かれる。
そればかりか「聖霊」をも与えてくださると言われる。神から離れた、この人の切なる求めに聖霊なる神が下ってきてくださると主は言われる。

2016年9月4日(9月第一聖日)

9月第一週の礼拝をささげました
ルカの福音書11章よりみことばを聴きました

「あなたがたに言いますが、彼は友だちだからということで起きて何かを与えることはしないにしても、あくまで頼み続けるなら、そのためには起き上がって、必要な物を与えるでしょう。」(ルカの福音書11章8節)

「あくまで頼み続ける」とは「あつかましいくらい」という意味も持つ
イエス様は あつかましいくらい祈りなさいと言われる 祈り続けることを求めておられる

(講壇のお花:ワレモコウにススキと小菊 秋の風情)

2016年8月28日(8月第四聖日)

8月第四週の礼拝をささげました

サムエル記第一16章よりみことばを聴きました
「神の霊がサウルに臨むたびに、ダビデは立琴を手に取って、ひき、サウルは元気を回復して、良くなり、わざわいの霊は彼から離れた。」(サムエル記第一16章23節)

※8月も残りわずか 暑い日はまだ続きそうです…

(講壇のお花:ひまわり カーネーション トルコキキョウ)

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